前回に続き今回も海外で働きたいと思うきっかけとなった話を書いていきます。


他の人にとってはなんでもないことですが、大きな2つの出来事がなぜか深く記憶に刻まれ海外で働きたいという軸を作るきっかけとなりました。


前回の振り返りですが、かれこれ10年近く前になりますが、大学2年生の時フィリピンのセブ島へ2ヶ月の短期留学へ行きました。

留学費用は両親から借りる訳にもいかなかったので、1年生の時からスーパーのレジ打ちと居酒屋のアルバイトを掛け持ちしてなんとか50万円を貯めました。

留学先として少し人気の出始めていたセブ島は語学学校もリーズナブルになり、アルバイト代でも十分支払うことができ、今という時代に感謝しました。

留学中1つ目の出来事として、ストリートチルドレンに「I'll be dead」と何度も言われ、「ただ生きる」こともままならない現実を直接体験した話を書きました。


どうして私は海外で仕事をしたかったのか? フィリピン留学体験記 <前編>

<私と海外を繋いでくれた橋>


二つ目の出来事も偶然にしてタクシーの中でした。

時間が経ち、週末に一人で出歩けることが出来る様になった頃、セブ島と繋がるマクタン島へ行く機会がいありました。

島と島を繋ぐ橋へ近づくとタクシーのうんちゃんが急に「This bridge is made by Japan(この橋は日本が作ってくれたんだ)」と言ってきました。

最初は英語が聞き取れず聞き返すと日本のODA(政府開発援助)で作られた橋であること、地元の人はみんな使っていて助かっていると言う話をしてくれました。

付け加える様に「日本人は感謝している」と話をしてくれました。

観光が主な産業で毎年多くの日本人観光客・留学生がくるので、今思い返すと日本人に対する耳障りの良いリップサービスだと思いますが、当時の私には「別に、私何もしてないけど、日本ってすごいんだ。感謝されて嬉しい」と感動させるには十分なストーリーでした。


我ながら単純だなーとは思いますが、これらの経験を通して「将来は海外に出て働きたい」、もっと大きいことを言えば「日本は良い国と言うことを海外に広めてくれた人達の様に、自分もそんな人達のうちの一人になりたい」と思いました。
 


<動いた人はやりたいことが出来る!>

大学2年生にして就職する自分の「軸=海外で働く」が決まり、時間は掛かったものの実現することが出来ました。

インターネットにより海外での就職活動は圧倒的に簡単になりました。

こんな小さなきっかけで海外で働くことを決め働ける時代です。

もし少しでも海外で働きたい・生活してみたいと言う方は挑戦してみてはいかがでしょうか?


最後まで読んで頂きありがとうございます。

20190427_112716

 ↑2019年新しく完成したセブ島の国際線ターミナル